人は道徳的という言葉に騙されやすい。疑うことは知ること


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海外ではテスラモーターズやGoogleなど莫大な利益を上げながらも、環境保全に力を入れている企業が多数あります。私たちもよく知るAppleも、リサイクルプログラムなど環境に対する取り組みを積極的に行っています。

それに関してよく思っていない株主らに対して、CEOであるティム・クック氏は「もし私たちに投資対効果の高いものだけさせたいなら、早く株を売り払うべきだよ。」と発言。Appleの環境への取り組みの本気度がうかがえます。

By: thetaxhaven

しかし、「私たちは環境に良いことをしています」という言葉には注意しなければなりません。私たちは道徳的に聞こえる嘘に騙されやすい生き物だからです。

 

道徳的と言われると信じてしまう

By: japanese_craft_construction

本当に私たちは”道徳的”という言葉に騙されやすいのでしょうか?

オハイオ州立大学の研究者らがが行った最新の研究によると「人は、ある意見が道徳的に適っていると説明されると、それを支持する傾向がある」そうです。

実験には183名の大学生に参加してもらい、彼らには、新たな卒業論文の方針を採用することに関して、肯定的な意見のエッセイを読んでもらいました。

そして、それぞれ学生には

「このエッセイは道徳的な意見だ」
「このエッセイは伝統的な意見だ」
「このエッセイは平等性のある意見だ」

と告げられます。

その後、学生らに先ほどエッセイに書かれていた方針への署名に、どれほど積極的であるかを評価してもらいました。

結果は予想通り、「このエッセイは道徳的な意見だ」と告げられたグループの学生らは、伝統や平等性に基づいていると告げられたグループよりも、署名に積極的であったそうです。

By: Francisco Osorio

また、”リサイクル”のような国際的な問題を扱った他の実験でも、学生たちの評価には同じような傾向が見られ、ほぼ全員がリサイクルに関してポジティブな考えを示したそうです。

この実験ではその後、学生たちにリサイクルのメリットに対する反対意見が述べられた記述を読ませました。

すると、リサイクルによる環境改善の効果を科学的に述べられた学生よりも、”道徳的”だと述べられた学生たちはリサイクルに肯定的な意見を持ち続けたそうで、その考えに固執し続けたとのこと。

つまり”道徳的”という言葉は、状況によっては科学的な根拠よりも強力であり、たとえそれがウソの記述だとしても、私たちはそれを信じ込んでしまうようです。

詳しく調べたわけでもないのに、「低燃費」や「エコ」と言ったラベルが貼られている商品を積極的に買ってしまうのはそうした理由があるのかもしれません。

実験を行ったAndrew Luttrell氏は次のように述べています。
「自分の意見を強めるには、それは道徳性に基づいていると述べるだけで十分である。」

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疑うこと=知ること

By: Travis Isaacs

世界にも日本にも、口だけではなく、環境問題への取り組みを行動で示している会社も多くあります。しかし、中には利益や企業イメージを上げるために、実際には大した取り組みをしていないにもかかわらず、「エコ」「環境に優しい」といった言葉を利用している会社もあります。

悪徳企業と言えないまでも、そのような耳触りの良い言葉を利用し、利益を上げている企業と、本気で環境問題に取り組んでいる企業を見分けるにはどうしたらいいのでしょうか。

それは疑うことです。

ここから全てが始まります。疑うということにネガティヴなイメージをもっている人は多いと思います。きっと「疑う=信用していない」と考えているからではないでしょうか?”疑う”ことにはそういう面もあるのは確かです。でも長い間人生を生きてきて、「信用する=正しい」ではないことはよくご存知だと思います。

身近な例で言えば、友人関係。「信頼に足る友達だと思って、悩みを相談したら、いつの間にか他の友達にまで話が広がっていた」なんてことは日常茶飯事です。

そして就職活動。説明会や面接では、とてもいい企業紹介がされていたのに、いざ入ってみたら「人間関係は最悪、業績も低迷、いつクビを切られるか分からない。」なんてことはよくあります。期待して入っただけにショックは大きいですよね。

By: reynermedia
By: reynermedia

このように、信用なんてあってないようなものなんです。言ってしまえばこの世界に絶対信用できるものなんてありません。だから「最も信用できそうなものを選ぶ」ことしかできません。その方法が疑うということ。

ライアーゲームという、心理戦で人を騙してお金を奪い合うゲームを描いた漫画の中で、主人公の秋山が次のように話しています。
「いや、人は疑うべきだよ。多くの人は誤解をしているけど、人を疑うこととは、つまりその人間を知ろうとする行為なんだ。」

「完璧な思考停止、究極の無関心状態だ。疑うことは決して「悪」じゃない。本当の「悪」は、他人に無関心になることなんだ。」

By: Hillary Boles
By: Hillary Boles

このように作者の方は上手く、疑うことの必要性を述べています。

ですから「疑う=知る」と考えてみてはいかがでしょうか?

難しいことではく「本当かなぁ」「もっといいのないのかな」「なんでかなぁ」と言葉を頭の中で浮かべればいいだけです。そうすれば、勝手に脳が働き始め、相手のことがわかるようになってくるはず。

ただ注意していただきたいのが、「疑う=相手の弱点を突く」ではないということ。

よく心理学の本では相手の嘘を見抜いたり、相手の思考を読む方法が記されています。確かに、それはコミュニケーションを取る上で必要でありますし、本に書かれていなくても、私たちは無意識のうちにそれをしています。

でも相手の弱点を突くというのは、相手を知ることではありません。これはもう「疑う=知る」ではなく「疑う=攻撃する」です。「疑う=攻撃する」と考えているから人が多いから、疑うことに対してネガティヴなイメージがあるのでしょう。

しかし、状況にもよりますが、多くの場合、相手を知るためには攻撃をする必要はありません。

大切なことは疑うこと、そしてその先にある「知ること」です。

By: My Photo Journeys

日常生活でもビジネスでも、人や企業を信頼しなければならない機会非常に多いです。たまには騙されてしまう時もあるかもしれません。それはそれで仕方がありません。自分の能力が足りなかったせいです。

そんなミスを繰り返さないためにも、相手を疑って、知る努力をしてみましょう。

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